子供用ランドセル

【連載小説】“きみの背中 ランドセルを巡る大人狂想曲” (1/3) 米内山 陽子

第1回 「母、三六歳」

20160405yone

 

 

ンドセルのカラーバリエーションが豊富なことを、頭の端ではわかっていた。

どこかの会社が七色だか八色だか揃えて「こんなにお求めやすく!」って大々的にCMを打っていて、それを目にしたことはあった。

あったけど、それはわたしとは関係のない世界の話だったから、まったく心に刺さってはこなかった。
町中で見かける小学生のランドセルがカラフルになったこと、デザインも豊富であること、それは時事ネタと一緒でさらっと流して忘れるようなものだった。

「六年も使うのに色に飽きたらどうするんだろうねー」って思ってた。
「小一と小六じゃ趣味変わるよねー」って。あーあ、かわいそ、って思ってた。

選択肢が多いって、案外困る。
お仕着せのものを渋々身に着けることの、なんと楽でなんと思考停止だったことか。
なにせ自分の小学校時代は男子は黒、女子は赤だった。

なんだこの感情は、僻みか。妬みか。嫉みか。
カラーバリエーションが豊富なことが、羨ましいのか。

小学校のクラスメイトにAちゃん、という女の子がいた。
Aちゃんは女の子なのに、黒いランドセルを使っていた。
子供心にそれがかっこようてかっこようて、しつこく「なんで黒なの?女の子なのに。」って聞いた。
しつこすぎてAちゃんには嫌われた。「別にいいでしょ。関係ないでしょ。」って。仕方ない。
しつこかったんだもの、わたし。

ただ、Aちゃんは格好良かった。憧れた。

息子が幼稚園の年長に上がった頃、教室の前にランドセルのカタログが並んだ。

定番の黒、赤、そして焦茶、キャメル、ピンク、水色、青、緑、紺、薄紫……。
裏地にはタータンチェックだの、ビビットなバイピングだの、キャラクターの刺繍だの、もう欲望がすごい。
いかに素敵で誰とも被ってなくて皆に羨ましがられて、小学校一年生のトップランナーになれるかどうかはランドセルのチョイスにかかっていると言わんばかりのオプションたち。

カタログに溢れる色に当てられて、わたしはそっとそれを閉じた。

やばい。
こええ。
このビッグウェーブには乗れねぇ。

幼稚園の片隅で途方に暮れている横で、息子はお友達と戦いゴッコをしていた。
ものすごく大仰に変身ポーズをとり、意気揚々と名乗りを上げた。

「レッド参上!」

その時である。

わたしの頭の中に、大きな謎が浮かんだ。

息子が、ランドセル赤がいい、って言ったら、ど、どうしたらいいんだ。

色で溢れるカタログをもう一度開いた。
赤のページ。

定番のシンプルなものは、同じデザインで、黒と赤がある。
それだけだ。
なのに、わたしの中に長年刷り込まれた思い込み、偏見と呼んでもいいかもしれない、その思い込みが「赤は女の子の色なんですからね!」って叫ぶ。
色が違うだけだ。
そして、色に性別はない。
わかっていたはずだ。

我が家では、というかわたしは、出来るだけ「男らしく」「男の子なんだから」という言葉は使わないようにしてきた。
(避けようもなく外部から持ち帰ることもあった。それは仕方ない。そしてそれは今問題じゃない。)
幼児誌では男の子も赤いランドセルを使っているイラストが中心になっていたものもあった。
色に性別はない。
息子はピンク色のTシャツを気に入って着ているし、冬に着るダウンジャケットは目の覚めるような赤だ。
同じように他の色も着る。
繰り返す。色に性別はない。
なのにどうしてだろう。
どうして、わたしはこんなに動揺しているのだろう。

自分の中の性差に関する偏見の根の深さを、わたしは麗らかな午後の幼稚園で発見してしまった。
ランドセルによって。
そして、この時息子はあの色がいい、なんて一言も言っていないのだ。

男の子向けのデザインのページを繰った。

そこでまた手が止まった。デザインがどうだって言うんだ。
息子がハートや花が好きだったらなんだって言うんだ。
こんな所に、いや、こんな所だからこそ、出るんだ。思い込みっていうやつは。

わたしは結構強めの鬼に頭をぶん殴られたような衝撃のまま、とぼとぼと息子を連れて家路についた。

息子はわたしの手をすり抜けて、どこで拾ったかわからない木の枝をいじりながら、戦隊ヒーローものの主題歌を大声で歌っていた。

時々わたしを振り返っては、よその家の花壇を指さし「花!」と言う。
ある家の前では三〇分近く水瓶の中の金魚を眺めていたこともあった。
自販機の前でジュースをねだり、石ころが落ちていたら蹴飛ばし、生け垣のツツジの匂いを嗅ぎまくる。
空想の中で悪者と戦い、細い路地に入りたがる。

幼稚園から家までだって、息子には冒険だった。

来年には小学校だ。

新しい冒険には、新しい道具がいる。

息子が赤いランドセルを背負って走る後ろ姿を想像した。
小さい体に、大きいランドセルを揺らして、息子は走って行く。

わたしは立ち止まって、息子の背中を見つめる。

頭の中がぐるぐるしている。

息子が赤を選んでも、大丈夫。

なのか?

いや、大丈夫。

本当に?

うるさい! 大丈夫!

自分を自分で説得する。

「つぶつぶオレンジ!」
息子が先の角にある自販機の前でジュースをねだる。

大丈夫、大丈夫。

何色を選んだっていい、まずわたしがそう思うところから始めるんだ。
自分に言い聞かせながら、わたしは息子に笑いかけた。


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米内山 陽子(ヨナイヤマ ヨウコ)
劇作家・演出家
演劇ユニット・チタキヨのメンバー
1978年生まれ
http://chitakiyo.net/