子供用ランドセル

【連載小説】“きみの背中 ランドセルを巡る大人狂想曲” (2/3) 米内山 陽子

第2回「父、四十歳」

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理想論は好きじゃない。

勿論、理想は大切だ。意識を高く持ち(この言葉が真面目にがんばってる人間をも揶揄することについては、腹に据えかねるものがある)、より良くなろうとすることは、人間の進化として必要不可欠なことだと思う。

それでも、現実という問屋が、理想を卸さない。
右の頬をぶたれても左の頬は出せないし、急いでいるときは廻れない。
明日死んでもいいつもりで生きてたら息が詰まる。
必要な嘘はあるし、隠さなきゃならない秘密だってある。

現実さんと折り合いをつけながら、そこそこの理想で満足するのが小市民の幸せというものだ。
と、僕は齢40にして身に染みた。

そう、僕は先月40歳を迎えた。
「不惑だね」と3つ年下の妻は言う。
「本当かね」ニヤニヤと僕を眺める。

自信がない。
孔子は何を言いやがる。現代日本の40歳男子(俺)は惑ってばっかりだ。
食器棚のどこにサラダボウルがあるのか未だに把握していない。
慶弔のネクタイや数珠の場所、ドライバーや金槌の場所、わかんないことばっかりだ。
毎回妻に場所を聞いては、大きなため息をつかれる。
それを僕は苦笑いでやりすごす。

僕は波風を立てるのが怖い。
日々を穏やかに過ごしたい。

小学生の頃だ。
学校から家までの帰り道に「ランドセルじゃんけん」をする遊びが流行った。
4~5人が集まり、じゃんけんで負けた子が勝った子たちのランドセルを次の電柱まで持って行く、というものだ。

僕はいつも負けていた。
次こそは勝つぞ、次こそは……。そう思いながら、教科書にぎっちり詰まった黒いランドセルを背中、胸、両腕に抱えてよろよろと次の電柱まで歩いた。
全員と別れるまで僕は負け続けた。

不思議だった。
それから何度もランドセルじゃんけんは行われたが、毎回負けた。そして全員分のランドセルを延々と運ぶ日々が続いた。
それでも仕方がないと思っていた。
じゃんけんは純粋に運で決まるのだから。これは公平な勝負なのだから。
僕はそう納得していた。

やがて、一緒に帰る友達は、友達と呼べる存在ではなくなっていた。
じゃんけんは作業的につまらなそうに行われ(ドキドキしているのは僕だけだった)当たり前のようにランドセルを渡される。
そして、全員分のランドセルを抱えてふらふらしている僕を置いて、身軽な連中はふざけながら道の先を軽やかに走って行く。

「いじめじゃん」
ある夜、妻にこの話をしたら、眉間にいっぱい皺を寄せて妻は言った。
肯定も否定も出来ずに僕は苦笑いしてビールに口を付けた。

「いつも最初にグーを出してるよ」
そう教えてくれたのは、いつもランドセルを持たされる僕を見かねたクラスメイトだった。
僕は必ず最初にグーを出し、あいこになればチョキ、パーを出して、グーに戻る。その繰り返しをしているらしい。
僕にランドセルを持たせている連中は、いち早くそれに気づき、示し合わせて僕を誘い、絶対に勝てる勝負(じゃんけん)を持ちかけ、ランドセルを持たせていたのだ。

まず怒りが全身を貫いた。
そしてすぐに恥ずかしさがこみ上げてきた。
「先生に言おうか?」
僕は何も言えずにただ首を振った。
悔しくてたまらなかった。

その日の帰り道、僕は最初にチョキを出した。

その時、連中がどんな顔をしていたのか、もうあまり覚えていない。
じゃんけんに勝ったこと、背中が軽いこと、次の電柱まで案外近いこと、その後のじゃんけんが本当に真剣勝負になったことが鮮やかに思い出される。
とても楽しいランドセルじゃんけんだった。

しかし一週間もせずにそれは終わった。
「ランドセルじゃんけんつまんねーからやめようぜ」と連中が言い出したのだ。
僕はただそれを受け入れた。
受け入れるしかなかった。
僕がじゃんけんを工夫しはじめて、連中は負け始めた。
当然だ。何を出すか分からないのがじゃんけんだ。
負けて、全員分のランドセルを持たされる。
次第に連中はイライラし始めていた。そしてイライラの矛先は僕に向かったのだ。

お前がじゃんけん工夫するから。
今までみたいに負けておけばいいのに。

理不尽だ。
でも、僕はこれとは正面から戦う勇気を持ち合わせていなかった。
多分、あのままランドセルじゃんけんを続けていたら、いじめに発展していたんじゃないかと思う。

理不尽と戦うことは、美しい。
有り体に言えばカッコイイ。
挑んで負けても、それは価値のあることだ。

でも、そこから逃げることだって悪くない。
挑んで負けて、死んでしまっては意味がないんだ。
そして、いじめは人を殺してしまうこともある。

息子が来年小学校に上がるにあたって、僕は地域の小学校を調べまくった。
万が一いじめられたりしたら、すぐに逃げられるように。
そして、逃げることはちっとも悪いことじゃない、と言えるように。
僕は、僕の経験を持って息子を守るんだ。

僕が少し情けない(と自覚はしている)決意をした頃、妻がランドセルのカタログを広げて言った。
「あの子が、ランドセル赤がいいって言ったら、買ってあげたい」

理想論は好きじゃない。
わざわざ火種に飛び込むなんてバカのすることだ。
そしてこの場合、火種に飛び込むのは息子だ。
僕は今から、息子と同じくらい愛している人と戦う決意をした。


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米内山 陽子(ヨナイヤマ ヨウコ)
劇作家・演出家
演劇ユニット・チタキヨのメンバー
1978年生まれ
http://chitakiyo.net/