子供用ランドセル

【連載コラム】“「人間工学」事始め” 第1回 足立和隆

第1回 “人間工学が、なぜ日本では育たないのか?”

 

 ヒトが使う製品の良さをアピールするために、「人間工学」ということばが良く出てきます。もともと人間工学は、ヒトに対して役立つ学問のハズなのですが、日本では、どうもそうではないような気がします。このあたりの事情を、今回から4回のシリーズでお話ししていこうと思います。

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 みなさんは、「人間工学」ということばから、何を思い浮かべますか?座り心地の良いイス、使いやすい道具といったところでしょうか。

ところが、人間工学的に設計された(と称している)çの普通車のイスに実際に腰掛けてみると、しばらくしてお尻が痛くなってきたりします。(グリーン車のイスは、まだ確かめたことはありませんが・・・。)これはいったいどうしたことでしょう。日本の人間工学の専門家が、一生懸命作ったハズなのに。

非難を覚悟でいいますが、日本の人間工学は、世界的に見るとかなり遅れています。そもそも、「人間工学部」という学部が、日本のどこの大学にもありません。また、大学や研究機関の研究者は、自分の研究の金銭的な援助をしてもらうために「科学研究費補助金」という国が作った制度に応募しますが、これにも「人間工学」という部門がないので、他の部門に間借りしたような状態で応募せざるを得ません。人間工学は、これだけ社会的に認知されている学問分野なのに、日本では大学を筆頭としたアカデミックの世界において、正式な学問体系として認められていないといってよいかもしれません。

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 一応、人間工学も専門とする筆者にとって、かなり自虐的になってきましたが、日本で人間工学が育ってこなかった理由を筆者なりに考えてみました。

その理由とは、日本人の器用さ、忍耐強さ、きまじめさ、そして風流さではないかと考えています。

日本人は、昨今では子どもが不器用になってきたと問題になってきていますが、世界的に見ても、総じてかなり器用な国民です。このことは、道具を人間に合わせるのではなく、人間が道具に合わせて使いこなしてしまうということです。多少いい加減な道具でも、使用者が使いこなしてしまうので、ソッポを向かれて売れなくなるということはありません。メーカーも、そこそこ売れているから、もっと良い製品にしようということも考えません。これでは人間工学の出る幕はなく、進歩がありません。

また、忍耐強さは、とくに女性にいえると思います。製品に不満があっても、それをおおっぴらに公言することをしません。これでは、製造者は製品を改善するための糸口が得られません。もっとも、最近では「クレーマー」といって、ありとあらゆる点について文句を言いまくる顧客の存在がクローズアップされています。このような顧客のクレームは、常識ハズレのオンパレードですが、困るのは、製造者がこのような人たちを警戒して、まともな改善の意見を採り上げないことが多々見られることです。改善の意見は、人間工学的には大変重要な要素となり得るのですが、みすみす、そのチャンスを逃してしまっています。

さて、日本人のきまじめさが、どこからきたのかというと、難解な日本語をしっかり使いこなしてお互いにコミュニケーションを取るために、小さい頃からの教育制度がしっかりしていることが原因ではないかと思います。子どもの頃の教育では、人生において、人間としてしてはいけないこと、しなくてはならないことといった大事なことを伝えなくてはなりません。幸いにも、日本では今のところ、こういったことは親が教育するだけでなく、幼稚園や小学校の教育の一環として行われています。子どもに対する教育がいかに大切かということは、逆の例でいうと、子どもに間違った教育を行えば、子どもは簡単に戦闘員になって、良心の呵責無く人を殺傷したり、自爆テロの実行者になったりするという事実からもおわかりと思います。さて、製品を作る方がきまじめですと、製品も無難なもの、悪くいうとつまらないものになります。それを使う方もきまじめですから、その製作者の製作意図を尊重して、まじめに作ってくれたんだからと、露骨に製品の欠点を指摘しないということになってしまいます。ここでも、人間工学が入り込む余地がありません。

そして四番目、わび、さびに代表されるような日本人の風流さは、たとえば季節感を感じさせる風鈴の音や虫の声が、西欧人にとってはノイズとしか捉えられなかったり、道具の使いにくさを「味」として、むしろ楽しんでしまうようなところに現れます。ここにも、人間工学の出番はありませんね。

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 今回は、日本でなぜ人間工学が育ってこなかったのかということを筆者なりに考えてみました。次回は、人間工学の現場では実際にどのようなことが行われているのか、ということをお話しようと思います。


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足立 和隆

1957年3月生まれ 東京都出身

東京農工大学・蚕糸生物学科から東京大学大学院・理学系研究科・人類学専攻、修士課程、博士課程を経て東京大学助手、筑波大学講師、筑波大学准教授(現職)。理学博士。専門は人類学、解剖学、人間工学、動く戦車のプラモデル。多趣味なため、人生が5倍はほしいと思っている。